我が家の裏のささやかな死

私の家の裏のアパートには独り住まいの年配の女性(以下、ばあさん)が住んでいた。このばあさんは野良猫をかわいがり、折にふれては餌をやっていた。この結果アパートの周りは何匹もの野良猫が徘徊し、我が家も含めて迷惑していたために、近所の人たちはたびたびばあさんを注意したが、ばあさんは餌やりをやめようとしなかった。
梅雨の季節にふとしたことでばあさんは体を壊し、ある日娘さんに引き取られてアパートを去った。にわかに猫たちはえさ主を失ったが、我が家の軒下のちいさな草むらを住まいとする雌猫と生まれて間もない一匹の子猫には大きなダメージだった。雌猫はどうやら餌を与えられることに慣れ、自ら餌を得る才覚をほとんど失っていたようだった。かろうじてセミを捕まえて餌とするものの、身は細り、乳が出なくなってしまった。
この数日前の夕刻、ふと見ると子猫はぐったりと衰弱してコンクリートのふたの上にあおむけになり、痙攣したように前足を動かしていた。母猫は少し離れたくさむらの中でじっとしたままで、子猫を自分のほうへ引き込もうともしない。2か月ほどまえ、母が雌猫の出産直後にでくわしたときにはすさまじい殺気でにらみつけてきたそうだが(母曰く「なんでうちの敷地でにらまれねばいかんのか」と)、その過去はどこにいってしまったのだろう。
昨日、子猫は死に、死骸はアパートの家主が片付けていった。
夜半、セミの断末魔のような鳴き声が聞こえた。雌猫が生命の糧を得たのだろうか。