映画『靖国 YASUKUNI』を観る

ボイコットその他で話題になっていた中国人李纓氏(1963-)監督によるドキュメンタリー映画靖国 YASUKUNI』を観てきました。油断して時間ぎりぎりに行ったところ、なんと人がわんさと押し掛けていて、映画は立ち見*1。2時間立ちっぱなしはなかなかにしんどかったのですが、なんとかw最後まで観ました。
ええと、確かに国際的にこの映画が流布するのはイヤですね。映画には8月15日の終戦記念日に参拝する軍服姿の一団などを極端な寄りでおどろおどろしく映しており、参拝者の国粋主義的な言動もあちこちで出てくるのですが、外国人にあれが日本人の多数派だと思われてはかないません。靖国神社に参拝する人という時点で、多少なりともバイアスがかかっていることを明示してほしいものです。また、靖国刀という観点は面白いのですが、その靖国刀がさも中国での虐殺の尖兵に使われたかのように過去の映像を使う印象操作は目に余りました。映画では靖国神社のご神体は「刀」といっていますが、それも誤りだそうですね。さらに、靖国賛成派については「イメージ」しか見せず、反対派については寄り添って具体的な意見を流す不公平さも見ていてイヤになりました。一方で、具体的な意見を言う修練を受けたことがないであろう90歳の「靖国刀」の刀匠には求めても無駄なことをあれやこれや聞くんだからたまりません*2。このあたりの批判はあちこちで見かけますが、当然でしょう。映画自体も中国の制作会社との共同制作の形を取ってますので、中国の意向は当然入り込むでしょう。確かに、日本国がこんな自らを誹謗する映画に援助をしてはいけません。大間抜けです*3
まあそれはともかく、一方で日本人にとっては見るべき映画だと思いました。現在の靖国神社をめぐって、どんな人々の思惑がうごめいているか知るだけでも十分に意義があるかと(映画製作者のバイアスを避けながら観る必要はあるが)。冒頭に挙げた理屈をひっくり返す感じですが、なかなか靖国神社に行く機会も行く気もない多くの日本人にとって、8月15日に繰り広げられる一連の光景、軍服姿の一団や愛国的なご老人、そして時にはアメリカの旗を持つ白人や神社脇での愛国的な集会に駆け込んで靖国神社への批判をわめき、袋叩きにあう青年(日本人*4)などはなかなかに興味深いものです。映画のパンフに軍服姿で大仰に柏手を打つ青年がいますが、彼は現役自衛官だそうで、彼の嗜好が自衛官の一部だけであることを祈らずにはいられません。
ところで、以上は「前置き」です。私がこの映画で気になったのは、現在の「靖国神社」が持ってしまっているある種の権力とその源です。誤りを恐れずに言えば、「英霊を質に取っている」ことにあるんだなあ、と。母方に台湾タイヤル族の血が流れる高金素梅*5靖国神社に合祀されている祖父の御霊を返せと主張するのですが、靖国神社側は応じようとしません。政治的においの強い高金素梅氏はさておき、多くの台湾人にとって自分の先祖の御霊は自分たちのもとにあってほしいでしょうし、かりに「一部でも」遠く離れた異国にあるなんて気分悪いでしょう。靖国神社はそれを「一度合祀した御霊を分けることはできない」とつっぱねます。日本軍の一部として戦って戦死したばっかりに靖国神社に祀られてしまい、取り返せないというのはそりゃ横暴でしょう。神道とはそういうものかもしれませんが、日本の一神社が国際問題の火種を具体的に増やしているわけです。日本人でも思想によっては「親父が靖国に祀られているのは耐えられない」という人もいるでしょうが、そういう人も靖国神社は御霊の返還には応じない*6靖国神社が日本人の信教を縛っている印象を受けます。A級戦犯の合祀とて、政府や日本国民の合意ならいざしらず靖国神社宮司が決めたことです*7。さらに遊就館。外国人が遊就館を見れば、これが日本人の一般的な思想と思うでしょうね。もちろん、映画は靖国反対よりなので靖国の主張を具体的に教えてはくれませんが、何度か行った感じでは靖国神社側もこのへんの説明を神社内でしてくれているとはあまり思えません。
私自身は戦死した先人が「死んだら靖国神社に行く」と信じていたのならば、その方々を靖国神社にお祀りするのは当然というスタンスです。既に数回参拝したこともあります。しかし、靖国神社がその御霊を質に力を握り、国の内外に何かを運動しているようにみえてなりません。恐れずに言いますが、なんで一神社がかくも影響力を持つのでしょうか。もともと思っていたことがこの映画でかなり強くなりました。靖国神社遊就館など建てず、御霊の返し惜しみなどせず、戦死者の慰霊と追悼だけをやってくれないでしょうか。靖国神社宮司のどなたかで主張をしたい方がいれば、靖国神社ではなく個人としてものを言っていただけないでしょうか。靖国神社の方針が政府や国民のコンセンサスのように見える現状は、左翼でない私でもちょっとイヤなものがありますよ。

*1:消防法違反で訴えられるのもかわいそうなので、どこの映画館かは書きませんw

*2:ただし、この刀匠氏が人前で具体的にものを言えないまでも、頭の中で自分が靖国刀を70年も作ってきたことに対する深い思いや煩悶がなければ、それはそれで悲しいものがありますが

*3:なお、3月頃に国会議員の稲田朋美(1959-)らが『政治的な宣伝意図を有しないもの』という助成基準に反するのではないか、ということで試写会を開きました。また、撮影対象者の許可を得ずに撮影を行っていることから肖像権の問題をとりあげています。これを朝日新聞などが「表現の自由に対して政治家が介入した」として大反対キャンペーンをはりましたが、まあ平たくいって見当違いですな

*4:この青年を愛国者のみなさまが「中国人」「母国に帰れ」と言っていたのが大変イヤな気分でした。そりゃあちょっとKYでおバカな青年かもしれませんが、反愛国的・反靖国だからといって外国人と決めつける発想はいくらなんでも貧困ですわね。

*5:1965-、台湾の元女優にして政治家。父が外省人であるからか、国民党寄りの言動を行う。この映画で見る彼女は、正直なところプロの運動家になりすぎており、しかも本人がそんな自分に酔っている感じで、あまり好感は持てませんでした。

*6:映画では浄土真宗のおっさまが御霊の返還を求めていました

*7:ちょっときわどい表現を使ってしまいました。靖国神社で「英霊」は、厚生省(当時)から「祭人名票」が送られることにより「登録」されます(1986年に廃止)。戦後すぐは戦犯として処刑された人は登録されなかったのですが、独立後の昭和28年制定の恩給法により彼らを「法務死」と認め、遺族に恩給を給付しました。この動きとあわせて厚生省から靖国神社へ「祭人名票」が送られるようになり、A級戦犯のものも昭和41年に送られました。ただし、当時の筑波藤麿宮司(1905-78)は判断を保留して、合祀はしませんでした。ところが、次代の松平永芳宮司(1915-2005)が公表しないままA級戦犯を合祀。国民がこれを知ったのは翌年の4月19日のマスコミ報道でした。昭和天皇が不快感を表明したという「富田メモ」はこの事件のことです。なお国会議員で日本遺族会会長の古賀誠(1940-)によると、厚生省から名票が来たら神社の総代会にかけて合祀するはずなのに、A級戦犯の合祀の際にはそれがなされなかった。そこで(総代の一人として2006年ころに?)再度この問題を提起し、もう一度総代会で議論すべきではないかと主張したが、まったく通らなかった。そこで総代を辞職した、とある(『週刊文春』の8月14日・21日合併号の39-40p)。ただこの件については他の主張を見ていないので事実かどうかは未確認。