【たわごと】孫(まご)の歴史

(根本的に誤った部分や、言い足りない部分があったので直しています。ごめんなさい)
仕事中、目的地に向かう車の中でふと同僚と雑談になり、「孫(まご)って本当にかわいがられますよね」という話題になり、「きっと孫をかわいがっちゃうってのは、ヒトのDNAに刻み込まれてるんですよ」となった。そういえばちょっと前に『孫』なんてタイトルがそのものな演歌が流行ったりしましたねえ。うん?いや、待て。ヒトにとって孫の存在がある程度当たり前になり、「孫がかわいい」という文化が生まれるには、人の寿命がある程度伸びているという前提が必要じゃないか。
ぐだぐだと思い出しながら考える。たとえば、40歳までなかなか生きられなかった縄文時代であれば*1、孫とあれやこれや関わる前に死が待っていたでしょう。文明が生まれた以降としても、たとえば『詩経』や『万葉集』に「孫がかわいくてしょうがないぞ!」みたいなのってあるんでしょうか。恐ろしく寡聞ですが、私は思いつきません。この辺も寿命の問題でしょうか。でも、山上憶良なんて70過ぎまで生きているようなのに、「子がかわいい」といっても「孫かわいい」とはいかないのは、「孫かわいい」という文化が成立していないからなのでしょうか。
ああ、『三国志』魏書・明帝叡紀に3世紀初頭の話として、「曹叡*2が生まれると、祖父の曹操*3は彼のことをとても愛し、常に傍らにいさせた」なんてのがあるな。曹叡曹操が51歳のときに生まれ、その後(曹操の死まで)14年間生涯がだぶっている。この文章なんかは、かなり早い時点の「孫かわいや」の出典っぽい感じ。さすがは曹操。こんなところまで先達か?なお、『三国志』には70代以降まで生きた人が何人かいるのだが、孫との関わりとかは残念ながら記載はなさげ*4
日本だとどうだろう。孫がかわいいというのはさておき、平安時代中期の藤原氏天皇の外祖父となることで権力を握ったわけで、その観点で言えば、藤原氏当主はある程度長生きが(孫が天皇になるまで生きている必要がある)前提になっちゃうわけか。時代は飛ぶが、近世初頭の有名なエピソードとして、徳川家康*5が嫡孫*6とその弟*7に別々の態度を示すことで、家督が誰にいくか明らかにしたというものがあるが、家康の長命が話の前提だよなあ。調べてはいないが、江戸時代もなれば老人の存在もかなり一般的になるのだが、「孫かわいや」な文化はこの辺で芽生えるのかなあ。そうすると、「孫かわいや」の歴史はそんなに古くないのかしら、と勝手に予測。…ん、と思いつつ、孫を愛でる話が思いつかずに悩むAboshi。ああ、要は無知なだけかしらw
今日はみごとなまでにたわごとだなあ。なお、「孫への愛の歴史」みたいなことは、ポストモダニズムとかフェミニズムがやってそうだが、「家族の解体」の一部に位置づけられてそうで、それはそれで読みたくないなあw

*1:各遺跡の出土人骨の調査などから。一方で、気候に関連した地域による寿命格差も結構あったらしいが、今回はそんなところに踏み込まないし、私に踏み込む力がありません

*2:206-239、三国・魏の第二代皇帝、明帝のこと

*3:155-220。後漢末の群雄割拠の中から勝ち抜いた人物(のひとり)。曹操の勢力を基盤として、子の曹丕(187-226)が魏帝国を開いた

*4:ちなみに名を挙げると、程碰・賈詡・張昭・顧雍・訒芝など。なんか一癖ある人物ばっかだが、まあ乱世だし当然かしら。司馬懿(179-251)なんて大物もいて、しかも孫の司馬炎=晋の武帝

*5:生没年は1542-1616

*6:徳川家光のこと。生没年は1604-1651

*7:徳川忠長のこと。生没年は1606-1634

追伸

http://pcc.karpan.net/diary/200806112355.html
karpan氏の日記より。なるほど、ギリシア神話にも孫がなかなか出てこない、のか。
>孫をかはいがるといふことが、どのやうに成立していつたのか――そして、それがどのやうに普遍的な愛のかたちのひとつに變化していつたか。
なるほど。そういううまい言い方がおじさんの頭からはなかなか出てこなかったよ。